※本記事は、当社がこれまでに自治体や金融機関から受託して行ってきた事業承継の無料相談をもとに、ストーリー形式で再構成したものです。お話しくださったご相談者とその会社が特定されることのないよう、社名や人名を伏せ、記事に応じて内容の一部に手を加えています。登場する企業・人物は、特定の企業・個人を示すものではありません。

背景:親子2代、都内で続く理容室

都内にある理容室C店は、昭和50年代から70代の先代が経営を続けてきた親子2代の店です。後継者である2代目は10年以上前から店に入り、約10年前からは自身を事業主として確定申告(青色申告)を行ってきました。先代は近年、店頭での接客業務からは退いています。さらに1年ほど前からは、国家資格を持つ2代目の妻も店に加わり、新しい体制が整いつつありました。

そのC店がいま、大きな節目を迎えています。店舗兼住宅の建て替えです。半年程度の工事期間中は近隣の仮店舗に移って営業を続け、その後、新店舗で再出発する計画です。建て替えに合わせて、理美容用の椅子や洗髪設備、給湯設備などの全面刷新も予定しており、新たな体制での再出発に向けた前向きな局面でした。

相談の経過:建て替え資金と補助金の相談から始まった

2代目は、建て替えに伴う資金調達と補助金の活用について、事業承継士による訪問相談を申し込みました。仮店舗への移転費用に加え、新店舗の設備導入にも多額の資金が必要になるためです。

訪問相談の担当者は、自治体の事業承継関連の補助金や設備投資に関する補助金、環境・省エネ関連の補助金など、活用を検討し得る制度の情報を整理して提供しました。あわせて、「補助金は交付決定前に設備を発注・契約しない」という原則があるため、仮店舗のオープン時期から逆算して早急に手続きを始めるよう促しました。資金調達については、これまで取引のあった大手銀行に加えて、不動産の手配でも協力を得た地域金融機関をメインバンクにしたい意向があったことから、地域金融機関や政府系金融機関への早めの相談を勧めました。また、現金中心の会計処理や予約管理についても、デジタル化関連の公的補助金を活用したレジ・予約システム導入の情報提供を行いました。

転機:保健所への届出が、先代名義のままだった

相談の中で浮かび上がったのが、思わぬ「承継漏れ」でした。実務は10年以上前から2代目に移り、確定申告も約10年前から2代目名義。ところが、保健所への開設届——店の営業に関わる許認可上の代表者は、先代のままだったのです。営業の実態と行政上の名義が食い違ったまま、時間が経過していました。

このねじれは、建て替えと補助金申請という局面で表面化しました。新店舗での営業開始や補助金申請を円滑に進めるうえで、代表者が誰であるかを制度上も明確にする必要が出てきたためです。担当者は、保健所への事前相談と開設届の提出を行い、先代から2代目への承継を手続きの面でも完了させるよう助言しました。

2回目の相談では、話はさらに具体化します。建て替えの総費用は数千万円規模に上り、既存の借入もあって、千万円単位の資金調達が課題となっていました。担当者は、政府系金融機関への融資相談を早めに行うこと、補助金の事業計画書には新しい洗髪設備による2割程度の節水効果や省スペース化、顧客満足度の向上といった具体的な導入効果を記載することを助言しました。C店は既存客の8割前後がリピーターで、2代目の妻が担当する女性向けシェービングが独自の強みとして定着しつつあります。リニューアルを機に、こうした付加価値の高いメニューを訴求して客単価を高めていく計画づくりも提案されました。

教訓:この事例から学べる3つのこと

(1)承継は「実務」「税務」「許認可」の3層すべてが揃って完了します。 店を切り盛りしているのは誰か(実務)、申告の名義は誰か(税務)、行政への届出上の代表者は誰か(許認可)。C店では、このうち許認可だけが取り残されていました。どれか1つでも先代名義のままなら、承継はまだ途中です。

(2)大きな投資の節目は、承継手続きを総点検する好機です。 建て替えや設備投資では、融資・補助金・行政手続きが一斉に動きます。名義のねじれは、こうした場面で表面化しがちです。裏を返せば、投資を決めた時こそ、承継関連の手続きを棚卸しする絶好の機会といえます。

(3)自治体・金融機関・専門家との連携は早めに始めましょう。 この事例でも、自治体の経営支援窓口や地域の中小企業診断士、地域金融機関、政府系金融機関と役割を分担しながら進める形がとられています。補助金には交付決定前の発注禁止などのルールがあり、スケジュールの制約も生じやすいため、着手が早いほど選択肢は広がります。

読者へのチェックポイント

  • 保健所など、業種ごとの許認可・届出の名義は、現在の実質的な経営者と一致していますか。
  • 確定申告の名義と、行政上の代表者名義に食い違いはありませんか。
  • 店舗の改装・建て替えや設備投資の計画があるなら、その前に承継手続きの総点検を済ませていますか。
  • 補助金や公的融資制度の活用を考える場合、発注・契約のタイミングに関するルールを確認していますか。
  • 自治体の窓口や地域金融機関、事業承継士への相談を早めに始めていますか。

※本記事は報告書時点の事実に基づいており、記載した融資・補助金の利用や結果を保証するものではありません。取り組みは記事作成時点で進行中です。