「譲渡制限」だけでは相続による株式の分散は防げない
定款の「株式」に関する章には、たいてい株式の譲渡制限についての規定があります。文言としては、次のようなものが多いのではないでしょうか。
「当会社の発行する株式の譲渡は、取締役の承認を受けなければならない。」
私がこれまで見てきた会社の中で、この規定がついていない会社は、100社のうち1社あるかないかというくらいで、ほとんどの会社についていると言っていいと思います。この規定をつけておくこと自体には大賛成です。これがあれば、株主が勝手に第三者へ株式を売買することを阻止できます。
ただし、会社法は株式譲渡の自由の原則を認めていますので、現株主から「この人に株式を譲渡したい」という申し出があったときに、取締役会や株主総会でその譲渡先が困るという理由で否決した場合、会社は別の買取人を指定するか、それも見つからなければ自己株式として買い取らなければなりません。株価が低ければまだよいのですが、高い場合はたいへんな負担になります。
そして、こうした譲渡制限を設けていても、会社が制限できない株式の移動が一つだけあります。それが「相続による移動」です。相続は当事者の意思とは関係なく発生しますので、譲渡制限の規定だけでは、望まない相手に株式が渡ることを防げません。
「相続人に対する売渡請求」という規定
これに対抗する方法として、譲渡制限の規定に続けて「相続人に対する売渡請求」を定款に定めるという方法があります。ただし、これをつけるべきか、つけないほうがよいのか、実は私たちのような専門家の間でも見解が分かれるほど難しい問題です。
規定がある場合、定款にはおおむね次のような文面が入っています。
「当会社は相続により、当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。」
この規定は、相続によって株式が分散するのを防ぐことを目的にしています。例えば、次のような株主構成の会社があったとします。
(ある会社の事例) ・現社長 15% ・現社長の息子(後継者候補) 5% ・現社長の兄(社外) 70% ・現社長の兄の息子(社外) 10%
この会社では、創業オーナーが亡くなったあと、いったんは長男が社長の座につきましたが、経営が傾きかけたために弟である現社長が代表取締役を引き継ぎ、長男は結果として会社を離れることになりました。長男の息子は、本来であれば三代目として社長を継ぐはずの立場でしたが、父とともに社外に出て、現在は別の道を歩んでいます。
こうした経緯のある会社で、社外に出た長男に相続が発生すれば、その株式は息子に渡ります。会社に対してよい感情を持っていない人物が株主に加わることは、経営にとって大きな脅威です。「相続人に対する売渡請求」の規定があれば、相続によって株式を取得した相手に対して、会社が売渡しを請求できます。
ただし、条件が二つあります。一つは、分配可能額の範囲でしか買い取れないという財源規制です(会社法461条1項5号)。これについては、日頃から株価をコントロールしておく、分配可能額を増やす努力をしておくといった対策が必要になります。もう一つは、この売渡請求を可決する株主総会において、相続人自身は議決権を行使できないという点です(会社法175条2項)。
先に相続が発生した方が、負ける
ここで、よく考えると、たいへん厄介なことが起こり得ることに気づきます。
先ほどの事例で、仮に現社長に相続が発生した場合、後継者候補である息子は、この売渡請求の議決権を行使できません。つまり、社外に出た長男とその息子が結託して、現社長の株式に対して売渡請求をかけ、それを買い取ってしまえば、二人で95%の株式を手中に収めることができてしまうのです。
このケースはもともと大株主側がさらにシェアを増やす結果になりますが、もし持株比率が逆であったなら、少数株主が会社を乗っ取ることさえ起こり得ます。つまり、経営権を守り、後継者に確実に継がせるために入れたはずの規定が、相続の発生順序次第では、かえって自分の首を絞める規定になってしまうのです。
先に相続が発生した側が負けてしまう、ということが成り立ってしまいます。ですから、対立する株主のうちどちらが先に亡くなる可能性が高いかを見極めたうえで、この規定を残すか外すかを判断する必要があります。もっとも、定款を変更するには株主総会の特別決議が必要ですから(会社法466条、309条2項11号)、対立する株主の側が賛成するとは考えにくく、状況が悪化してからでは手を打てないというのが実際のところです。
備えは、対立が起きる前に
こう考えていくと、結局は株式の過半数を握られている状況そのものを打開しない限り、根本的には何もできないということになってしまいます。
ただし、株主どうしの対立が表面化してからでは、株主総会での決議は難しくなります。逆に言えば、まだ関係が良好なうちであれば、定款の見直しは十分に可能です。株式の譲渡制限や相続人に対する売渡請求は、一度定款に入れて終わりにするのではなく、株主構成や後継者候補の状況が変わるたびに、今の自社に合っているかを見直すべき規定だと考えています。備えあれば憂いなし、とはよく言ったものです。
出典
- e-Gov法令検索「会社法」第175条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定めがある場合の株主総会・議決権制限):https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 (閲覧日:2026-08-09)
- e-Gov法令検索「会社法」第176条(相続人等に対する売渡しの請求):https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 (閲覧日:2026-08-09)
- e-Gov法令検索「会社法」第461条(分配可能額による財源規制、1項5号):https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 (閲覧日:2026-08-09)
- e-Gov法令検索「会社法」第309条(株主総会の決議、2項11号):https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 (閲覧日:2026-08-09)
- e-Gov法令検索「会社法」第466条(定款の変更):https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 (閲覧日:2026-08-09)
- e-Gov法令検索「会社法」第139条(譲渡等の承認の決定等):https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086 (閲覧日:2026-08-09)