※本記事は、当社がこれまでに自治体や金融機関から受託して行ってきた事業承継の無料相談をもとに、ストーリー形式で再構成したものです。お話しくださったご相談者とその会社が特定されることのないよう、社名や人名を伏せ、記事に応じて内容の一部に手を加えています。登場する企業・人物は、特定の企業・個人を示すものではありません。

背景:複数事業を軌道に乗せてきた経営者の「次」への備え

首都圏でリペア・補修工事事業や不動産賃貸事業を営みながら、大手チェーンのフランチャイズに加盟して飲食店舗も運営してきた、ある中小企業の話です。この会社の社長は60代で、これまでにもパン屋など複数の事業の立ち上げ・売却・再生を手がけてきた、経営手腕に長けた人物です。

飲食事業の直近の年商は1億円弱、営業利益は600万円程度と、極めて安定して推移しており、地域に定着した店舗になっていました。社長はこの店舗の運営を、勤続15年になる40代の店長(従業員)に、2年以内をめどに譲渡する計画を立てていました。家族もいますが、親族に会社を継がせる考えはなく、長年現場を支えてきた従業員への承継を軸に検討を進めていたのです。

そうした中、自治体の事業承継相談窓口を訪れ、専門家との1回目の面談に臨みました。

相談で整理されたこと:フランチャイズならではの制約

面談では、まず会社が抱える課題が整理されました。

  • 譲渡スキームの選択:フランチャイズ本部の規定により、事業を譲渡する際は、社長自身が過半数の株式を保有する新会社を設立するか、会社分割の手法を用いるか、いずれかを選ぶ必要がありました。どちらの手法が税務面・コスト面で有利か、判断がつきかねている状態でした。
  • 本部との関係維持:フランチャイズ契約上、新会社であっても当初は社長が代表権や過半数株式を持ち続ける必要があり、後継者に一気に経営権を渡しきれない構造になっていました。
  • 後継者の資金調達:従業員が事業を買い取るための資金をどう確保するか、また店舗改装費用に関して支援制度を活用できないか、という点も相談内容に含まれていました。ただし、店舗の所在地と、相談を行った自治体の管轄が異なっていたため、その自治体の制度をそのまま使うことは難しいことが分かりました。
  • 譲渡価格の設定:新会社の株式は当初、社長が過半数を保有します。これを後継者へ渡していく際、長年貢献してきた従業員への配慮から、相場より低い価格(半額程度)での譲渡を想定していました。ただし価格が相場から大きく離れる場合、一定の要件を満たすと、相場との差額が将来の遺留分の計算に取り込まれうる点も、検討課題として挙がりました(※末尾の注記をご参照ください)。

専門家の助言:価格設定とスキームの両立

こうした論点に対し、専門家からはおおむね次のような助言がなされました。

  • スキームについて:フランチャイズ本部の理解を得やすい点や、手続きの簡素さ、コスト面を踏まえると、会社分割よりも新設会社を設立して事業を譲渡する方式のほうがシンプルに進められる可能性が高いという見立てが伝えられました。
  • 価格とリスクについて:従業員への譲渡価格を過度に低く設定した場合、将来の相続時に親族との間で遺留分をめぐるトラブルに発展しうる点への注意喚起がなされました。民法1045条2項は「不相当な対価」による場合の規定ですので、対価の相当性を説明できる状態にしておけば、この論点自体が生じにくくなります。あわせて、適正な対価を設定したうえで、売却後も経営支援やコンサルタントとしての関与を続け、後継者の資金繰りや経営を後押しする方法も選択肢として示されました。
  • 資金調達・補助金について:主たる店舗の所在地が相談窓口の自治体と異なるため、その自治体の制度は活用しにくい可能性が高く、都道府県レベルの中小企業支援機関や、国、政策金融機関の制度を優先的に確認してみてはどうか、という方向性が助言されました。制度の対象になるかどうかは、あくまで各制度の窓口で個別に確認が必要な事項です。

この事例から学べること

この事例からは、フランチャイズ事業ならではの承継の難しさと、それに向き合う経営者の姿勢が見えてきます。

  1. フランチャイズの承継は本部の規定が起点になる:株式や経営権の移転方法は、自社の都合だけでなく、フランチャイズ本部との契約条件に大きく左右されます。早い段階で本部の規定を確認し、複数のスキームを比較検討することが欠かせません。
  2. 「安く譲る」ときは、価格の決め方まで含めて設計する:後継者への配慮から譲渡価格を下げたくなる場面は少なくありませんが、相場との差額が将来の相続で論点になり得ること(※末尾の注記)は、見落とされがちです。価格の妥当性を説明できる形にしておくことが、結果として後継者を守ることにもつながります。
  3. 拠点の所在地によって使える制度が変わる:事業所の所在地と相談窓口の管轄が異なると、地域の支援制度を使えないケースがあります。複数の窓口・制度を横断的に確認する視点が求められます。
  4. 経営者自身の実行力と情報収集力が推進力になる:複数事業の立ち上げ・売却・再生を経験してきたこの社長のように、経営者自身が早期から情報を集め、専門家や関係機関と連携する姿勢が、承継を円滑に進める土台になります。

この会社の相談は1回目が終わったところで、今後も無料相談の枠を活用しながら、具体的な手続きに向けた検討が続けられる見込みです。事業承継は一度の相談で完結するものではなく、こうした継続的な壁打ちを重ねながら、少しずつ形にしていくプロセスだと言えるでしょう。

※譲渡価格と遺留分について(補足)

以下は、社長ご自身が保有する株式(または事業)を譲渡する場合の話です。

相場から離れた価格での有償の譲渡は、それが「不相当な対価をもってした有償行為」と評価され、かつ売る側と買う側の双方が「遺留分を持つ人に損害を加えることを知って」行ったときに限り、対価を「負担」とする負担付贈与とみなされます(民法1045条2項)。この場合に計算へ入るのは、株式や事業の価額そのものではなく、対価を差し引いた差額部分です(同条1項)。つまり、遺留分を算定するための財産の価額(計算の土台)が、その差額分だけ大きくなります(民法1043条1項)。

なお、贈与については、相続人以外に対するものは相続開始前1年以内のものを算入するのが原則ですが、双方が上記の認識を持っていた場合には1年より前のものも算入されます(民法1044条1項)。「10年」という扱いは相続人に対する贈与に限られ(同条3項)、相続人に当たらない従業員への譲渡には及びません。

どのような場合に「知って」に当たるかは条文に定めがなく、判断は個別の事情によります。実際に進める際は、弁護士等の専門家にご確認ください(本記事が参照した条文は、2026年8月16日時点で施行されているものです)。

改訂履歴

  • 2026年8月16日:譲渡価格と遺留分に関する記述を、民法1043条〜1045条の条文にもとづいて見直し、補足の注記を追加