※本記事は、当社がこれまでに自治体や金融機関から受託して行ってきた事業承継の無料相談をもとに、ストーリー形式で再構成したものです。お話しくださったご相談者とその会社が特定されることのないよう、社名や人名を伏せ、記事に応じて内容の一部に手を加えています。登場する企業・人物は、特定の企業・個人を示すものではありません。

背景:不動産7割・店舗事業3割、収益力の高い会社の悩み

C社は首都圏で、地域の生活インフラとして親しまれてきた店舗型のサービス業(以下「店舗事業」)と、不動産賃貸業を営む会社です。かつては同種の店舗を複数展開し、レジャー施設も手がけていましたが、現社長が代表に就任して以降はスクラップアンドビルドを進め、現在は店舗1つと、アパートや商業用地の賃貸など複数の収益不動産を管理する形態になっています。売上の比率は不動産部門が約7割、店舗事業が約3割で、会社全体の収益力は非常に高い状態です。

社長のDさんは60代半ば。90代の母親が株式の約8割を保有する大株主です。2人の息子は、過去の親族間トラブルを見てきたこともあり、店舗事業を継ぐ意思はありません。店舗事業は赤字ではないものの労働集約的で、地域社会に必要とされているため「やめるにやめられない」。一方で、Dさん自身の体力的な限界と、高齢化するスタッフの世代交代が急務となっていました。Dさんはホームページで知った自治体の事業承継訪問相談に申し込み、親族外への事業譲渡やM&Aの可能性を相談することにしたのです。

相談で整理されたこと

初回の相談では、課題が次のように整理されました。

第一に、店舗事業の後継者が不在であり、事業譲渡の相手を探す必要があること。第二に、不動産部門と店舗事業を切り離さなければ、親族外への承継が描きにくいこと。第三に、店舗の土地が借地であり、単純なM&Aや事業譲渡のハードルになっていること。第四に、90代の母親が株式の約8割を握っているため、次の相続時に多額の納税資金と議決権の確保という問題が生じること。さらに、過去に親族からの株式買い取りや裁判といったトラブルを経てきた経緯から、兄や他の親族との円滑な財産分割の調整、そして店舗事業の業務の属人化解消と若いスタッフの定着も課題として挙がりました。

会社の資産の大部分を占める不動産によって自社株の評価額が高くなっていることも、相続を難しくする要因でした。

専門家の助言:親族には不動産、店舗事業は第三者へ

訪問相談の担当者は、大きく3つの方向性を助言しました。

1. 事業の切り分けと承継方針の明確化。 不動産賃貸業と店舗事業を切り離し、店舗事業のみを第三者へ事業譲渡する方向性を検討すること。不動産管理業務はAIやシステムの導入で省力化し、将来的に息子など親族が引き継ぎやすい環境を整えることです。

2. 店舗事業の譲渡に向けた準備。 M&Aのマッチングサイトを活用し、社名を伏せたノンネームでの買い手探索を進めること。借地の扱いは、当面は会社間での賃貸借とし、将来的な買い取りを含めたスキームを検討することです。

3. 自社株対策と相続準備。 母親の遺言書で自社株をDさん本人に集中させること、不足する遺留分や納税資金を生命保険等で手当てできているか確認すること、税理士等の専門家と連携して退職金支給等による株価引き下げ策を実行することです。

担当者は、親族への承継は不動産部門に限定し、店舗事業は意欲のある第三者へ譲渡する方針が最も現実的だと整理しました。最大の懸念は、高齢の母親に万一のことがあった場合の議決権の分散です。まずは母親の相続を無事に完了させ、会社の支配権をDさんに集中させることが最優先とされました。

この事例からの教訓

1. 「会社をまるごと一人に継がせる」以外の道がある 収益性の高い部門と、黒字でも労働集約的な部門とでは、適した承継の相手が異なります。事業を切り分ければ、親族には引き継ぎやすい部門を、労働集約的な事業には意欲のある第三者を、とそれぞれに現実的な道筋を描くことができます。

2. 高齢の大株主がいる会社は、議決権対策が最優先 株式の大半を高齢の親が握っている場合、相続の発生とともに議決権が分散し、経営が立ち行かなくなるリスクがあります。遺言書の整備、納税資金や遺留分への備え、株価対策は、事業の承継そのものより先に手を付けるべき課題になり得ます。

読者へのチェックポイント

  • 事業部門ごとに、収益性・労働集約度・承継のしやすさを整理していますか。
  • 株主構成と株主の年齢を把握し、相続が発生した場合の議決権の行方を想定していますか。
  • 遺言書や生命保険など、遺留分・納税資金への備えを確認していますか。
  • 事業用の土地・建物の権利関係(借地かどうかなど)を確認していますか。
  • 業務の属人化と従業員の世代交代に、手を打ち始めていますか。
  • 「残したい事業」を親族以外の第三者に託す選択肢を、検討したことがありますか。

儲かっている会社でも、承継の悩みと無縁ではいられません。事業の切り分けという発想は、「全部を継がせるか、やめるか」の二択を超える選択肢を与えてくれます。自社の事業構成と株主構成を一度整理し、早めに事業承継士や公的な相談窓口を活用することをおすすめします。