「継がせたい」という本音と、「別の人生だから」という建前
事業承継の相談現場に立ち会っていると、現社長から必ずと言っていいほど聞こえてくる話があります。それは、子供に対する複雑な胸の内です。
「子供に継がせたい」という人間としての本音と、「子供といえども別の人生だから、本人の意向を最優先すべきだ」という物分かりの良い親を装う建前。この二つの間で、経営者の心は揺れ動いています。
こうした本音がこぼれるのは、相談相手との人間関係がある程度深まってからです。紹介であれ、長い付き合いであれ、地縁・血縁であれ、きっかけは様々ですが、共通しているのは「経営者の孤独」です。社内で本音を話せる相手が少ない経営者にとって、時々訪れてざっくばらんに話せる相手の存在は、想像以上に大きな意味を持ちます。
そこで私が意識しているのは、経営者として「あるべき論」を口にする社長ほど、実は本音を封印しているという見立てです。「親子といえども人生を捻じ曲げることはできない」「会社を私物化して子供を入れるのは良くない」――こうした言葉は、上場企業の経営者であれば正しいのかもしれません。しかし中小企業の経営者にとって、会社は人生そのものです。創業者はもちろん、先代から受け継いだ二代目、三代目であっても、その気持ちは変わりません。
だからこそ私は、あえて「親子がそろって経営すれば業績も良くなりますね」「仕事の話をしながら一杯飲める親子は幸せですね」といった言葉を投げかけ、社長の心の奥にある本音を刺激するようにしています。タテマエを外していただくための、いわば呼び水です。
子供を呼び戻すチャンスは「人生の節目」にしかない
後継者となる子供を会社に呼び戻すタイミングは、そう何度も訪れるものではありません。狙うべきは、子供自身の「人生ドラマが起きる時」です。
最初の節目は、22歳前後の「社会人一年目の壁」です。あこがれて入った会社と現実のギャップに直面する時期で、いわゆる第二新卒として引き戻しやすいタイミングです。「今ならゼロからやり直せるから帰ってこい」が決め台詞になります。
次の節目は、結婚適齢期にあたる30代前半です。入社から10年ほど経つと、社内では最初の選別が始まり、肩書きが付く人、遠方への異動になる人、部署が変わる人が現れ、同期の結婚も相次ぎます。自分の将来を改めて考え始めるこの時期には、「人生経験を積んだのだから、今度はこちらで生かしてほしい」「仲間を数人連れて帰ってこい」といった声かけが効きます。
そして最大のチャンスが、いわゆる厄年にあたる40代前半です。サラリーマン人生の行き着く先がおおよそ見えてくる時期で、「このまま会社にいても先は見えているのでは」「私も体力的に助けてほしい」という言葉が、迷いのある心に届きやすくなります。
最後の呼びかけどころは、50歳を迎える直前です。この年齢を過ぎると、他社の組織文化にすっかり馴染んでしまい、自社に戻っての再適応が難しくなります。ここでは「親を助けると思って戻ってくれ」という、いわば泣き落としに近い頼み方にならざるを得ません。
女性後継者という選択肢にも、呼び戻しの視点を
近年増えているのが、娘への承継や女性後継者の登用です。娘の場合は「甘え上手」な関係を活かし、親を支えたいという気持ちに寄り添う形で、経営への参画を促すアプローチが有効だと感じています。結婚、出産、子育て、そして経営という大きな節目のたびに、呼び戻しや関与を深めるチャンスが訪れます。
ここで大切なのは、経営者側がハッキリと意思表示することです。「言わなくても伝わっているはず」というのは親の思い込みであり、後継者候補にとっては何も伝わっていないことがほとんどです。経営会議に同席させる、会社の数字を見せる、他の役員や社員と引き合わせる――こうした具体的な機会を意図的につくることが、呼び戻しを現実のものにします。あわせて、他の相続人の同意を家族会議の場で取り付けておくことも欠かせません。
経営者の孤独に寄り添うことが、承継支援の入口になる
現社長にとって、孤独を癒し、心のつかえを話せる相手がいることがどれほどの救いになるか。私はかつて、業務委託というほど大げさな契約ではなく、「とにかく社長の心に寄り添ってほしい」という依頼を受けたことがあります。定期的に時間を共にし、他愛のない話に付き合いながら、時折り事業承継士としての助言も差し込む。そうした関わりを半年ほど続けると、社長との距離は目に見えて縮まりました。
そして本音が出始めます。「従業員に任せれば経営はうまく行く」と言っていた社長が、「本当は子供に継がせたい」と口にできるようになる。そこまで来れば、本格的な支援へと移行していく土台ができています。
事業承継計画書や家族会議の進め方といった実務のツールは、その後で十分です。まず経営者の本音を引き出す関係づくりから、承継支援は始まります。