経営者になった瞬間、押しつぶされる重さ

ある研修をきっかけに、改めて気づかされたことがあります。テーマは「ロジカルシンキング」。MECEや帰納法といった、コンサルタントであれば当たり前に使いこなしているはずの思考法です。正直なところ、私自身「そんなことは普段からできている」と高をくくっていました。ところが、いざ研修テキストを一から作ろうとすると、これが簡単ではありません。何冊も書籍を読み込み、ようやく形にしたとき、こう思いました。

「これは、後継者塾でこそ教えるべき必須科目だ」

後継者塾の卒業生の中に、実際に社長に就任した方がいます。その方に「後継者だった頃と、経営者になった後で何が違うか」を話してもらったことがあります。答えはこうでした。

「経営者になった途端、意思決定する責任の重さで押しつぶされそうになりました。後継者の頃は上に社長がいたので、最終責任者は自分ではなかった。でも経営者になると逃げ場がない。毎日、顔がこわばってしまって、笑顔を作る練習をしてから従業員の前に出ています」

外部環境は絶えず変化し、正解のない中で意思決定を迫られる。誰かに答えを委ねることもできない。この孤独と怖さは、当事者になってみなければ実感できないものだと思います。

「根拠の立体化」という手法

後継者塾では、意思決定できるようになることを一つの目的としています。「具体的な出来事が起きたら、それを抽象化して背後にある真の原因を見つけよう」という指導も、ホワイトボードで議論を発散させてからグルーピングし結論を導く進め方も、ロジカルシンキングの実践です。ただ、それを「意思決定の道具」として意識的に教えてきたかと自問すると、答えは否でした。それらしく教えてはいても、武器として使わせるところまで踏み込めていなかったのです。

具体例で考えてみます。ロジカルシンキングの手法の一つに「根拠の立体化」があります。手順は次の三段階です。

まず、根拠をできるだけたくさん考えます。次に、考えた根拠を複数並べてグループ化し、そのグループが何を言っているのかをまとめます。この「何を言っているのかをまとめる」作業を抽象化と呼びます。簡単に言えば、自分自身に「だから何なのか」と問い続けることです。最後に、抽象化した内容を束ねて結論を導きます。根拠を横に並べてすそ野を広げ、抽象化で縦に積み上げる。横と縦があるから「立体化」なのです。

例えば「ある地域の事業承継支援を担うのに最もふさわしいのはどこか」を考えるとします。他地域での支援実績がある、支援メニューが他地域と同様に整っている、支援チームの体制が変わらない——これらの根拠を束ねて抽象化すると「今回も同水準の成果を上げられる可能性が高い」となり、そこから結論が導かれます。

抽象化を忘れると、考えは堂々巡りする

この手法は、後継者自身の意思決定にもそのまま使えます。「やるべきか、やらないべきか」を一生懸命考えても、考えれば考えるほど結論が出ないという状況に陥ることは少なくありません。一晩中悩んでも答えが出ないとき、抜け出す糸口は「考えたことを書き出し、それをまとめると何が言えるかを考える」こと、つまり抽象化のひと手間です。考えが堂々巡りするのは、多くの場合、この抽象化を飛ばしているからだと思います。

先代や現社長の判断を「感覚で経営している」「たまたま勘が当たっただけ」と片づけてしまうのは簡単ですが、そこで終わらせず、判断に至った思考のプロセスを聞いてみることをお勧めします。どこかに、根拠を束ねて抽象化したポイントが必ずあるはずです。結論そのものより、そこに至る思考の流れにこそ学びがあります。「成功の裏に抽象化あり」——これは、経営者の意思決定を理解するための一つの視点だと考えています。

ロジカルシンキングには、ここで紹介した以外にも多くの手法があります。後継者がこの武器を一つでも多く手にし、自信を持って決断できるようになること。それが、経営者になった瞬間にこわばってしまう顔を、少しでも和らげる助けになればと思っています。