本シリーズは、事業承継センター取締役・東條裕一が、経営者から聞いた言葉と、経営者として伝えたい言葉を書き留めた「勇気をもらう経営者の言葉」を、一言ずつコラムとして再構成したものです。志や覚悟、そして勇気を、後継者のみなさんと分かち合えればと思います。
管理職を切る理由は、部下の人生をムダにしないためである
なぜ、この言葉なのか
管理職の処遇を考えるとき、私たちはどうしても、その人の過去の功績や社長との関係、本人の能力に目を向けがちです。しかし、忘れてはならないのは、その管理職の下で働いている部下たちの存在です。上司が変わらないことで、部下が新しい仕事に挑戦できない。新しい知識や能力を身につけられない。その状態が何年も続けば、部下は自分の可能性を広げる大切な時間を失ってしまいます。 問題は、変われない上司の人生ではありません。その下で働くことで、成長の機会を失っている部下の人生なのです。
苦楽を共にした取締役の処遇
以前、ある会社で、社長と長年苦楽を共にしてきた取締役兼営業部長の処遇について話し合ったことがあります。 その方は既存事業の営業では一流で、取引先からの信望も厚く、会社の成長に大きく貢献してきました。しかし、会社はこれまでの限られた市場だけでは成長が難しく、新規事業や新しい顧客の開拓に取り組む必要がありました。ところが、その取締役は従来の営業手法に固執し、新しい取り組みには消極的でした。 既存事業では優秀な営業マンであっても、これからの会社を成長させる営業部門の責任者としては、難しくなっていたのです。そこで考えたのは、取締役本人の処遇以上に、その下で働く若手営業社員の将来でした。
奪われているのは、部下の成長する時間
その取締役の下で働いていれば、長年築いてきた顧客基盤がありますから、若手もそれなりの営業数字を上げることはできます。しかし、それは既存顧客に支えられた成果であって、自ら新しい市場を開拓し、顧客を獲得する力が身についているとは限りません。新規顧客に何度も断られながら営業の方法を考える。新しい市場を調べ、提案をつくり、これまで取引のなかった会社から仕事を獲得する。そうした経験を積むことで、営業マンとしての本当の強さが身についていきます。 ところが、上司が従来のやり方に固執していれば、若手にはその機会が与えられません。 本人は毎日一生懸命働いているつもりでも、5年後、10年後に振り返ったとき、新しい市場で通用する営業力が身についていないかもしれないのです。上司はこれまでの経験で仕事を続けられる。しかし、部下はその上司の下で、自分の未来をつくる機会を失っている。 ここに、経営者が見過ごしてはいけない問題があります。
部下の人生を守るために、経営者が決断する
最終的に、その取締役には営業部門のラインから外れてもらい、社長付のスタッフとして、部下を持たない取締役営業になってもらいました。 長年の経験や既存顧客との関係は、引き続き会社のために活かしてもらう。一方で、若手営業社員には、新しい市場に挑戦し、自ら顧客を開拓できる環境を用意する。そのための判断でした。 社長にとって、苦楽を共にした幹部をラインから外すことは、簡単な決断ではありません。できれば波風を立てず、これまでどおりの関係を続けたいと思うでしょう。しかし、その決断を先延ばしにしている間にも、部下の時間は過ぎていきます。 経営者が守るべきなのは、古参幹部との関係だけではありません。その下で働く若手が、将来どこでも通用する能力を身につけられるかどうかにも責任があるのです。 管理職をラインから外すのは、本人を否定するためではありません。その下で働く部下の可能性を、これ以上奪わないためなのです。
後継者のあなたへ
管理職の評価をするとき、本人の業績や仕事ぶりだけを見ていないでしょうか。 その人の下で、部下がどれだけ成長しているのか。新しい仕事に挑戦できているのか。5年後、10年後に通用する能力を身につけられているのか。そこまで考えることが、経営者の仕事だと思います。 特に、先代と長年苦楽を共にしてきた幹部の処遇は、後継者にとって難しい問題です。しかし、過去の功績に報いることと、これからの組織を任せることは、分けて考えなければなりません。部下は、上司を選べないことが少なくありません。だからこそ、経営者がその責任を引き受ける必要があります。 変われない管理職をそのままにしておくことは、その人一人の問題ではありません。その下にいる何人もの社員の未来を、その管理職に預け続けるということなのです。 あなたの会社の管理職は、部下の能力を伸ばしているでしょうか。それとも、部下が成長する機会を奪ってはいないでしょうか。
本記事は、事業承継センター取締役・東條裕一の原稿「勇気をもらう経営者の言葉」をもとに構成しています。