※本記事は、当社がこれまでに自治体や金融機関から受託して行ってきた事業承継の無料相談をもとに、ストーリー形式で再構成したものです。お話しくださったご相談者とその会社が特定されることのないよう、社名や人名を伏せ、記事に応じて内容の一部に手を加えています。登場する企業・人物は、特定の企業・個人を示すものではありません。

背景:数か月後に迫った社長交代

首都圏で金属製品の製造業を営むこの会社は、創業から40年以上の歴史を持ちます。現在の経営者は二代目で、決算をまたいだ年明け早々には、息子である三代目への社長交代を予定していました。交代後は現社長が会長に就任し、会長と新社長による二代表体制を敷く計画です。後継者はすでに20年近くこの会社で現場と営業を担当し、登記上も役員として名を連ねています。

一方で、経営環境は楽観できるものではありませんでした。コロナ禍以降、業績は伸び悩み、その間に借入金が積み上がったことで、金融機関からは借入過多とみなされ、融資姿勢が厳しくなっていました。借入は地域の信用金庫と信用組合の2行に分散しており、片方には数千万円規模、もう片方には1,000万円前後の残高がある状態でした。

株主構成にも整理すべき課題がありました。株主は社長(80代)、社長の実弟、そして既に亡くなった方も含まれているとみられる外部株主で構成されており、いわゆる名義株式が残っている可能性がありました。また会社の定款は旧商法時代のまま改定されておらず、株式の発行に関する規定が現行制度と整合していない懸念もありました。加えて、工場の設備や外観の老朽化も目立ち、このまま旧式の設備を使い続ければ生産効率や品質面でのリスクが高まる状態でした。

相談で整理されたこと:現場は強いが「経営」の経験がない後継者

この日の面談には経営者と後継者の親子がそろって参加し、自治体が委嘱する専門家も同席しました。話を聞くと、後継者は現場と20年近く向き合い、10名に満たない従業員を率いるだけの技術と信頼を培ってきた一方で、日々の帳簿管理や金融機関との交渉といった、お金の動きを通じた会社経営全般に触れる機会がほとんどないことが分かりました。事務所には常に現社長が座り、対外的なやり取りも現社長が担ってきたためです。後継者自身、現場の実務にはある程度自信を持っている様子でしたが、経営面については不安を感じているようでした。

さらに、この会社は自社単独で仕事が完結する構造ではなく、外注先の協力があって初めて製品を仕上げられる事業構造であることも確認されました。自社の事業承継だけでなく、取引先である外注先の事業承継リスクも、この会社にとって無視できない経営課題であることが整理されました。

専門家の助言:資金の一本化と、バトンタッチ期間の確保

専門家からはまず、資金調達の安定化に向けて、借入を主要な取引金融機関に一本化することを提案しました。複数の金融機関と取引を続けると、管理の手間が増えるだけでなく、信用が分散し、金利交渉力も弱まりかねません。具体的には、借入額の大きい金融機関の支店長のもとへ後継者を同行して早期に挨拶に出向き、一本化を前提に条件交渉を進めてはどうかとアドバイスしました。

後継者への引き継ぎについては、いきなり社長業務と現場のリーダー業務を兼務させることの危険性を指摘しました。両方を一度に担うと、業務量とプレッシャーが一気に増し、体調を崩すケースも少なくありません。そのため、社長交代の前後に一定のバトンタッチ期間を設け、経営に関わる業務を段階的に移管していくことを勧めました。

外注先については、品質・納期・価格の条件を踏まえたうえで代替候補となる先を複数早期に選定しておくこと、場合によっては内製化や子会社化も視野に入れて検討することを提案しました。

この事例から学べること

この事例は、後継者が現場では十分な力を持っていても、経営全般の経験が不足したまま社長交代の時期を迎えてしまう、よくあるパターンを示しています。ポイントは次の3点に整理できます。

  • 経営の実務は早めに触れさせる:帳簿や金融機関対応など、現社長が抱え込みがちな業務を、交代前から少しずつ後継者に移していくことが、交代直後の混乱を防ぎます。
  • 資金調達の体制は交代前に整理する:借入が複数の金融機関に分散していると、いざという時の交渉力が弱まります。後継者を伴って主要取引先との関係を築き直すことも、承継準備の一部です。
  • 自社だけでなく取引先の承継リスクにも目を向ける:下請け構造の中にある企業は、自社の承継だけでなく、外注先が廃業した場合の連鎖リスクも想定し、代替先の確保や内製化の検討を進めておく必要があります。

あわせて、株主構成の整理(名義株式や旧商法時代のままの定款など)や、老朽化した設備への対応も、この会社にとって今後取り組むべき課題として残されています。事業承継は経営者の交代だけでなく、資金・株式・取引先・設備といった経営基盤全体を点検し直す機会でもあることを、この事例は教えてくれます。