増え続ける労務コストという現実

働き方改革という言葉は、もはや目新しいものではなくなりました。残業代の増加、有給休暇取得の厳格化、育児休暇の拡充など、中小企業の経営者には次々とコスト増が突きつけられています。これらはいずれも、社員を「会社人」としてだけでなく「生活者」として捉え、ワークライフバランスを実現しようとする流れの一環でしょう。

売上を伸ばしても、その分だけ労務コストに利益を削られていく。そんな感覚を持つ経営者は少なくありません。労働条件の強化ばかりが進み、経営者の側の負担は増す一方だと嘆く声を、筆者は現場で何度も耳にしてきました。もちろん、社員が働きやすく暮らしやすい環境が整うこと自体は望ましいことです。しかし、借入の個人保証を背負い、事業のリスクを一身に引き受けている経営者の立場が、相対的に軽んじられていくように感じられるのも、また事実です。

数字が語る、日本の構造的な変化

筆者自身、この数年で考え方が変わってきました。労務コストの増加は、突き詰めれば「子供を増やすための環境整備」という一点に行き着くのではないか、と考えるようになったのです。

生産と消費の担い手である生産年齢人口(15〜64歳)は1995年(平成7年)に8,716万人でピークを迎え、その後減少に転じました。総人口そのものも、2008年の1億2,808万人をピークに減少局面に入っています。人口を維持するために必要とされる合計特殊出生率(人口置換水準)は2.06〜2.07程度とされますが、2025年の実績値は1.14にとどまりました。行き着く先は、高齢者ばかりの国です。

「移民を受け入れればよい」という意見もありますが、賃金も物価も長く伸び悩んできた国に、働きに来たいと考える外国人がどれほどいるでしょうか。人口が減れば生産性が問題になるとよく言われますが、実は「買い手」が減ることのほうが、経営にとってはより深刻な問題です。イーロン・マスク氏は2022年5月、自身のSNS(X、当時のTwitter)への投稿で「出生率が死亡率を上回るように変化しない限り、日本はいずれ消滅するだろう」という趣旨のことを述べ、話題になりました。

景気が停滞し、物価も平均賃金も頭打ちが続いてきた背景には、子供が生まれないという構造的な要因が大きく横たわっています。この年齢構成の変化は何十年も前から予測できたことであり、有効な手を打ってこなかった政策の側にも責任はあります。加えて、新型コロナウイルスの流行は人と人との出会いの機会そのものを奪い、少子化に拍車をかけました。

経営者として、何を引き継ぐか

事業承継を考えるとき、私たちはつい株価や後継者の選定、税務上の論点にばかり目を向けがちです。しかし、後継者が引き継ぐのは会社の数字だけではありません。労務コストが上がり続け、働き手そのものが減っていく市場環境の中で、未来の日本のために、企業が負担を少しずつ引き受けるという意識が必要です。経営者みんなが、日本を引き継ぐという覚悟が求められているのだと思います。

労務コストの上昇を受け入れず、今のやり方のまま沈んでいく日本という船に乗り続けるのか。コスト増を引き受けながら、船そのものを作り直していくのか。

子供を産みやすく、育てやすい環境をつくることは、本来は政府や行政が主導すべき課題です。しかし、それを「自分には関係のないこと」と切り離してしまうのではなく、一人の経営者として、また将来会社を引き継ぐ後継者として、できることを考える姿勢が問われているように思います。今すぐに状況を変えることは難しくても、今から動かなければ、事業を取り巻く環境は確実に厳しくなっていきます。長期的な視点を持って、国の未来を背負っていくことも、次の世代に引き継ぐべき経営者の仕事の一つではないでしょうか。

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