相談会が「機能する」までに、なぜ10年以上かかったのか

私は以前、ある信用金庫が毎月開催する事業承継相談会の立ち上げに関わりました。当初の相談会は、正直なところ混乱していました。案件として熟していないもの、当事者が事業承継をまるで理解していないもの、そもそも相談する気のないもの……。振り返ると、原因ははっきりしていました。顧客を担当窓口へ案内する現場の金融機関職員自身に、事業承継の基礎知識が足りなかったのです。

そこで本部に依頼し、職員研修に「事業承継の基礎知識」を組み込んでもらいました。人事評価の項目にも「事業承継支援」を明記し、融資稟議書の資金使途欄に「事業承継資金」という項目を新設してもらいました。書いてしまえば数行の話ですが、現場が本当に機能するようになるまでには10年以上の歳月が必要でした。

経営者の皆さんにお伝えしたいのは、金融機関や専門家が事業承継の話を切り出してくるとき、それは思いつきではなく、組織として長い時間をかけて整えてきた体制の上に成り立っている、ということです。一度声をかけられただけで終わらせず、腰を据えて向き合う価値のある機会だと捉えていただきたいと思います。

相談内容の「重さ」が変わってきた

新型コロナウイルスの流行で対面での相談が難しくなった時期、戸別訪問という昔ながらの手法に頼らざるを得なくなりました。ただ、その中で気づいたのは、相談に来る方の顔ぶれと悩みの中身が、明らかに変わってきたということです。

以前は「事業承継の手順を知りたい」という現社長本人の相談や、「ワンマンな夫の代表交代をどう進めればよいか」という奥様からの相談、「親父に辞める気がない」と困り顔で語る後継者の相談が中心でした。

ところがある時期から、「この会社の将来が不安で、誰も後継者になりたがらない」という従業員からの相談、「自分にはこの会社を守る自信がない」という後継者からの相談、そして「先行きが暗いので、私の代で会社をたたもうと思う」という現社長からの相談が目立つようになりました。大きな社会的ショックは、経営者本人だけでなく、後継者や従業員といった周辺の人たちの心にも、想像以上に深く影を落とすのだと実感しています。

「そのうち元に戻る」という前提を捨てる

経営者の皆さんに申し上げたいのは、新型コロナウイルスのように社会全体を揺るがす変化が起きたとき、「そのうち良くなって、元に戻る」という甘いシナリオを前提に判断すると、対応が後手に回るということです。一定の閾値を超えた変化は、元には戻りません。

業績の悪化がはっきり見えている場合は、赤字を垂れ流す前に、きちんと事業を手仕舞いし、次の人生にマイナスを持ち込まない決断も必要です。負債や返済義務、風評は、次の展開の足かせになります。逆に、事業を続ける決断をするのであれば、なおさら早い段階で承継の準備に着手すべきです。「廃業」か「承継」か、どちらを選ぶにしても、決断を先送りにすることが一番のリスクだと感じています。

迷う経営者・後継者にとって、良い専門家とはどういう人か

現場で経営者の背中を押す役割は、金融機関よりも、利害関係を持たない第三者である専門家が担うことが多いと感じています。金融機関には「顧客に嫌われる言動はできない」という商売上の制約があるからです。実際にある相談会で、赤字の原因について経営手法そのものに踏み込んだ厳しい指摘をしたところ、しばらく言葉を失っておられましたが、数日後にご本人からコンサルティングの相談が入りました。厳しい指摘も、時には背中を押す力になります。

一方で、後継者に対しては逆の姿勢が必要だと考えています。上から目線で専門知識を振りかざし、「あるべき論」で正論を押し付けても、後継者の心には届きません。後継者は、これまでの親子関係や上下関係という長い時間の積み重ねの中で迷っています。いきなり下克上のような劇的な転換を迫ることは、トラブルのもとです。後継者に寄り添うべき専門家には、上から諭すのではなく、境遇に共感し、うなずきながら背中を支える姿勢が求められます。経営者・後継者の皆さんも、専門家を選ぶ際にはこの視点を判断材料にしていただければと思います。

事業承継の相談ニーズは、潜在的には非常に大きいはずです。しかし日本人の気質として「人に相談するのは恥ずかしいこと」と思い込み、声を上げられずにいる方も少なくありません。まずは一歩、誰かに話してみることから始めていただきたいと思います。