後継者とのコミュニケーション、その奥にある本当の課題
事業承継のご相談を受けていると、経営者からは「後継者への引き継ぎがうまくいかない」という言葉をよく聞きます。しかし話を丁寧に伺っていくと、経営の技術的な引き継ぎよりも根深いところに、後継者とのコミュニケーションのすれ違いという問題が横たわっていることが少なくありません。
創業社長であればなおさら、会社は隅々まで自分の意思で動かしてきたという自負があります。空調の温度設定や机の配置、備品の選び方に至るまで、経営者が気持ちよく仕事を進められるようにできあがっているというのは、決して大げさな話ではありません。
親子が意見を違えているとき、私たちはつい「意見が食い違っている」という表面の事実だけに目を奪われがちです。しかし本当に見極めるべきは、その背景にある「世代間のギャップ」「生活感覚の違い」「価値観のすれ違い」です。感情的なぶつかり合いの根源を発見できなければ、有効な対策は立てられません。
こうした違いは、育った環境や人生観、行動様式のあらゆる場面ににじみ出ますが、よほど注意深く観察しない限り、それが親子間の大きなトラブルの原因だとは気づきにくいものです。特に、現社長が一見紳士的で物分かりが良く、人当たりの柔らかいタイプである場合、この構造は見落とされがちです。
一方、後継者の側に目を向けると、「覚悟が足りない」「勇気がない」というように映ることがあります。しかし丁寧に話を聞くと、親からの圧力を避けるためにあえて接点を減らしていた、というケースに出会います。父親から何を言われても的確な答えが返ってこないため、現社長が後継者の交代まで考えてしまう。その裏側にあるのは反逆心というより、対抗心やライバル心に近い感情であることも少なくありません。負けん気から「親とは違うやり方で結果を出そう」と焦るあまり、現場から距離を置いてしまう後継者もいます。それを見た親の側は、能力不足やさぼりと受け取ってしまう。ここに大きなすれ違いが生まれます。
上下関係を外した「話し合いの場」をつくる
コミュニケーショントラブルへの対処は、時間を要することがほとんどです。人の心を動かす作業である以上、少しずつ時間をかけて進めるほかありません。性急に結果を求めすぎると、かえって傷を深くしてしまいます。
私が現場で有効だと感じているのは、親子、上司と部下といった肩書きによる上下関係・力関係をいったん外し、「今の社長」と「次の社長」という二人の経営者が話し合う場を意図的につくることです。具体的には、経営会議を定期的に開催することを、現実的な一歩としてお勧めしています。
事前に議題を紙にまとめて配布し、必要であれば根回しをしておく。重要な決定事項については、感情ではなく具体的な事実や数字、社内外の情報を紙ベースで示していく。言った・言わないの争いを防ぐために記録を残し、重要な案件には署名をもらっておくことも大切です。
事業承継士の立場は、あくまでファシリテーターであり書記役です。議論をリードしたり、どちらかに肩入れしたりすべきではありません。少し距離を置いた客観的な視点から、冷静に場を進行することが求められます。
後継者に伝えたいこと
親子は考え方や行動パターンが似ているからこそ、微妙な違いの積み重ねが大きな違和感、いわば不協和音を生みます。そしてその場面でいつも我慢を強いられるのは、経験不足を理由に「察すること」「忖度すること」を求められがちな後継者の側です。
このストレスから抜け出すために、後継者にお伝えしたいのは「本音はいったんしまい込む」という割り切りです。経営トップになったときに開放すべきテーマは「宝箱」にしまっておき、変革を起こすべき時期が来るまで大切に保管してほしいのです。言いたいことを我慢しているのではなく、時間が来るまでの調整期間だと捉え直すことができれば、肩の力は自然と抜けていきます。そしてその変化こそが、親の気持ちを動かすきっかけになります。
後継者塾のような学びの場を経験すると、中盤を過ぎたあたりでこうした後継者の変容が起きることがあります。親も気づくほどの変容を後継者自身が示せれば、事業承継計画の作成に向けた話し合いも現実味を帯びてきます。
現場で向き合う親子のコミュニケーショントラブルは、特殊な状況ではなく、誰にでも起こりうるものです。事業承継士は、その前提に立って、丁寧に間に入り続けることが求められています。