本シリーズは、事業承継センター取締役・東條裕一が、経営者から聞いた言葉と、経営者として伝えたい言葉を書き留めた「勇気をもらう経営者の言葉」を、一言ずつコラムとして再構成したものです。志や覚悟、そして勇気を、後継者のみなさんと分かち合えればと思います。

お客様が一番感動するのは「自分のことをよく知ってくれているな」と思えたときである

なぜ、この言葉なのか

お客様に喜んでもらうために、何をすればよいのでしょうか。顧客満足度を高めようとすると、私たちはつい、サービスを増やしたり、設備を充実させたり、何か新しいものを提供することを考えがちです。しかし、私は、お客様が本当に感動するのは、もっと身近なところにあると思っています。それは、「この会社は、自分のことをよく知ってくれているな」と感じたときです。 誰にでも同じように丁寧な対応をすることはもちろん大切ですが、自分の事情を知り、それを踏まえて接してもらえたとき、お客様は単に丁寧に扱われたという以上の喜びを感じるのではないでしょうか。

ある観光ホテルでの、心配りの仕組み

以前、ある観光ホテルの取り組みを知り、とても感心したことがあります。そのホテルでは、女将が宿泊客のすべての部屋を訪ね、挨拶をして回ります。そして、お客様との会話の中で気づいたことをパソコンに入力し、従業員全員で共有しているのです。例えば、こんな書き込みがありました。 「楓の間の〇〇さんの3歳のお子さんは、来る途中で車のドアに手を挟み、べそをかいていました。『痛かったでしょう?』と言ったら、思い出したように大声で泣き出しました」 その場の様子が目に浮かぶような、実に細かな記録です。この書き込みを読んだ従業員は、館内でその子を見かけると、「お手々、大丈夫だった?」と声をかけます。女将だけではなく、ほかの従業員まで子どものことを気にかけてくれるのです。お父さんやお母さんは、きっと驚くでしょう。そして、「このホテルの人たちは、みんなうちの子のことを気にかけてくれている。なんて優しいホテルなんだろう」と感じるのではないでしょうか。 特別な設備を用意したわけでも、高価なサービスを提供したわけでもありません。ただ、その家族のことを知り、気にかけ、言葉をかけただけです。しかし、その何気ない一言が、家族にとって忘れられない宿泊体験になるのだと思います。

お客様が感動するのは、自分を理解してくれていると感じたとき

「お客様を大切にする」という言葉は、どの会社でも使われています。しかし、会社がそう思っていることと、お客様自身が「自分は大切にされている」と感じることは、必ずしも同じではありません。先ほどのホテルでも、従業員全員が笑顔で挨拶するだけであれば、感じの良いホテルだったという印象で終わったかもしれません。ところが、「お手々、大丈夫だった?」という一言があることで、その家族にとっては、自分たちのことをよく知ってくれている、特別なホテルになるのです。 私は、顧客満足の大切な部分は、ここにあると思っています。お客様は、必ずしも何か特別なことをしてもらいたいわけではありません。自分のことを覚えてくれている。自分の事情をわかってくれている。そして、そのことを踏まえて接してくれている。そんな小さな出来事の積み重ねが、信頼や愛着につながっていくのです。商品やサービスそのものに大きな違いがなくても、「自分のことをよくわかってくれているから、次もここにお願いしたい」と思ってもらえる。これは、価格だけでは簡単に覆せない、商売の強みになるのではないでしょうか。

お客様を知ることを、会社全体の強みにする

そして、このホテルの取り組みでもう一つ感心したのは、女将一人の気配りで終わらせていないことです。女将がお客様から聞いたことや気づいたことを記録し、従業員全員で共有することで、誰が接客しても、そのお客様の事情を踏まえた対応ができるようになっています。女将の接客が素晴らしいというだけの話ではありません。お客様をよく知ることを、ホテル全体の強みにしているのです。 これは、どんな業種にも当てはまることだと思います。例えば、営業担当者がお客様から聞いた困りごとを社内で共有していれば、次に対応する社員も、その事情を踏まえた提案ができます。以前の取引で苦労したことを会社として覚えていれば、次の仕事では先回りした対応もできるでしょう。担当者が変わるたびに、顧客が一から自分の事情を説明しなければならない会社と、誰に話しても自分たちのことをわかってくれている会社。どちらに仕事を頼みたいと思うかは、考えるまでもありません。

中小企業の強みは、お客様との距離が近いことです。しかし、距離が近いというだけでは、まだ十分ではありません。その近さを生かしてお客様を深く知り、そこで得た情報を会社全体で活かしてこそ、他社には真似しにくい強みになっていくのです。

後継者のあなたへ

長年かけて築いてきたお客様との関係は、後継者にとって大切な財産です。ただし、その関係が先代や一部のベテラン社員の頭の中だけに残っているのであれば、担当者が代わった途端に失われてしまうかもしれません。お客様との会話から得られたことや、日々の仕事の中で気づいたことを、会社として大切にしてほしいと思います。そして、それを次の対応に活かせるようにしていくことが、後継者の役割でもあります。 お客様の選択肢が増え、商品やサービスだけでは違いを出しにくい時代だからこそ、「この会社は、自分のことをよく知ってくれている」という実感が、選ばれ続ける理由になるのだと思います。顧客満足とは、何かをしてあげることだけではありません。「あなたのことを、私たちはよく知っていますよ」という思いを、日々の仕事の中で伝えていくことなのです。

あなたの会社のお客様は、「この会社は、自分のことを本当によくわかってくれている」と感じてくれているでしょうか。

本記事は、事業承継センター取締役・東條裕一の原稿「勇気をもらう経営者の言葉」をもとに構成しています。