本シリーズは、事業承継センター取締役・東條裕一が、経営者から聞いた言葉と、経営者として伝えたい言葉を書き留めた「勇気をもらう経営者の言葉」を、一言ずつコラムとして再構成したものです。志や覚悟、そして勇気を、後継者のみなさんと分かち合えればと思います。

正しいと適切は違う

なぜ、この言葉なのか

経営者は、いつも正しいことを選べるとは限りません。むしろ、何が正しいかを十分に理解していながら、それとは違う選択をしなければならない場面があります。世間から見れば評価されないかもしれない。それでも、今の会社を守るためには、その道を選ぶしかない。経営には、そうした判断があるのです。 特に若い後継者は、理想を持って会社を変えようとします。その志は大切です。しかし、世の中で正しいとされることが、今の自分の会社にとっても適切であるとは限りません。正しさとは目指すべき方向であり、適切さとは、今この会社を背負う人間が下さなければならない判断なのです。

真っ白な正しさだけでは、会社を守れない

社員が働きやすく、風通しが良く、残業が少なく、有給休暇も気兼ねなく取れる。社員の意見が尊重され、経営が民主的に行われる。そんな会社が望ましいことは、誰にでもわかります。ニュースや書籍でも繰り返し語られる、いわば世の中の模範解答です。 若い後継者は、こうした理想を掲げ、古い経営体質を変えようとします。先代のワンマン経営を批判し、もっと社員を大切にする会社にしたいと改革に踏み出す。その思いは、決して間違っていません。 しかし、ここで考えてほしいのです。長年会社を経営してきた社長は、そんな理想を知らないのでしょうか。社員の待遇を良くしたいと思っていないのでしょうか。私は、そうではないと思います。社長だって、できることなら、誰から見ても立派な、真っ白な会社をつくりたいはずです。 それでも、現実の経営では、きれいな選択肢ばかりが目の前に並ぶわけではありません。社員の待遇を改善したくても、今すぐその原資を確保できないことがあります。全員の意見を聞いて決めたいと思っても、時間をかければ取引先や資金繰りに影響することがあります。誰かにとって望ましい改革が、別の誰かの仕事や会社全体の存続を危うくすることもあるのです。 そんなとき、経営者は何を選ぶのか。世間から称賛される真っ白な正しさではなく、会社を守るために、あえてグレーな選択をすることがあります。それも、白に近いグレーではなく、黒に近いとさえ見られるような、きわどい判断を引き受けなければならないことがあるのです。 もちろん、法律を破ったり、不正を働いたりしてよいという話ではありません。守るべき一線は守らなければなりません。しかし、その一線の内側にも、世間からは理解されにくい、厳しい選択はいくらでもあります。すべての人に良い顔をすることができないとわかっていても、会社を存続させるために、その道を通らなければならないことがあるのです。 自分が非難されることより、会社がなくなることのほうが怖い。 その思いで、世間的には評価されない選択を自ら引き受ける。私は、そこに経営者の当事者意識が表れるのだと思います。

正義を掲げた後継者に、誰もついてこなかった

以前、ある親子の話を聞いたことがあります。社長の息子である後継者は、強い正義感を持った人でした。社員が満足できる良い会社にしたい。待遇を改善し、もっと民主的で、社員の意見が尊重される会社に変えたい。そう考え、改革に着手しました。 ところが、その改革を巡って社長との間に亀裂が生じ、ついには後継者が会社を飛び出すことになってしまったのです。後継者は、自分が進めてきたのは社員のための改革なのだから、きっと何人かはついてきてくれるだろうと思っていました。しかし、結局、誰一人としてついてきてはくれませんでした。 なぜでしょうか。 社長は、息子の言っていることが間違いだとは思っていませんでした。社員の待遇を良くしたいことも、もっと開かれた会社にしたいことも、十分に理解していたのです。ただ、今それを実行すれば、会社の経営がおかしくなってしまう。まずは今の会社を維持し、社員の雇用を守らなければならない。社長は、その現実を背負っていました。 社員たちも、おそらくそのことを感じ取っていたのでしょう。息子の掲げる理想は魅力的でも、自分たちの生活を支えているのは、今ここにある会社です。多少窮屈なところがあっても、この会社を守ろうとしているのは誰なのか。そのことを、社員は見ていたのではないかと思います。

後継者は、社員のために正しいことをしようとしました。一方、社長は、社員の生活を守るために、理想どおりにはできない現実を引き受けていました。両者の違いは、どちらが社員を大切に思っているかではありません。正しいことを主張する立場と、その判断の結果、会社がどうなろうとも最後まで責任を負う立場との違いだったのだと思います。

世間の正しさより、自分の会社にとっての適切さを選ぶ

私は、経営者が理想を捨てるべきだと言いたいのではありません。むしろ、正しい会社の姿を知り、そこを目指し続けることは必要です。ただし、理想を実現するためには、まず会社が生き残っていなければなりません。 経営者にとって難しいのは、正しい答えを知ることではなく、その答えを今の会社で実行してよいのかを判断することです。今すぐできることもあれば、順番を待たなければならないこともあります。理想に向かうために、あえて今は理想から遠ざかるように見える選択をしなければならないことさえあるのです。 世間は、結果が出た後から、いくらでも経営者の判断を批評できます。しかし、経営者は結果がわからない段階で決めなければなりません。しかも、その判断によって会社が傾けば、社員の雇用も、その家族の生活も、取引先との関係も失われかねないのです。 だからこそ、世間から褒められるかどうかを判断の中心に置いてはいけないのだと思います。自分の評判を守るために、誰からも批判されない選択ばかりをしていて、本当に会社を守れるでしょうか。経営者は、ときに批判を受けるとわかっていても、自分の会社にとって適切だと考える道を選ばなければなりません。 きれいごとを語ることと、会社を生き残らせることは違います。自分の手を汚さず、誰からも良い人だと思われたまま経営できるのであれば、それに越したことはありません。しかし、それがかなわないときに、評判よりも会社を守る責任を優先できるか。そこに、経営者としての覚悟が問われるのです。

後継者のあなたへ

後継者には、先代の経営を古いと感じることがあるでしょう。なぜ、もっと社員を大切にしないのか。なぜ、世の中で当たり前になっている改革に踏み出さないのか。そう疑問を持つこと自体は、大切だと思います。 しかし、先代の判断を批判する前に、一度考えてみてほしいのです。先代は正しいことを知らないのではなく、正しいと知りながらも、会社を守るために別の道を選んでいるのではないか、と。 後継者として会社を継ぐということは、理想を掲げる立場から、その理想と現実の間で決断する立場に変わるということです。誰からも評価されないかもしれない。それどころか、批判されるかもしれない。それでも、会社と社員の将来を守るために、あえて厳しい道を選ばなければならないときがあります。

世の中的な「正しさ」と、自分の会社にとっての「適切さ」は違います。その違いを理解し、判断の責任を自分自身で引き受けること。それが、経営者の当事者意識なのだと思います。

あなたは、誰からも褒められる正しい選択と、批判されても会社を守るために必要な選択が食い違ったとき、どちらを選びますか?

本記事は、事業承継センター取締役・東條裕一の原稿「勇気をもらう経営者の言葉」をもとに構成しています。