※本記事は、当社がこれまでに自治体や金融機関から受託して行ってきた事業承継の無料相談をもとに、ストーリー形式で再構成したものです。お話しくださったご相談者とその会社が特定されることのないよう、社名や人名を伏せ、記事に応じて内容の一部に手を加えています。登場する企業・人物は、特定の企業・個人を示すものではありません。

背景:商店街で半世紀超、代々続くピザ屋

首都圏の商店街に、創業から半世紀を超える歴史を持つピザ屋があります。現社長の曽祖父母が開業し、直系の子どもへと代々受け継がれてきました。原料高や人件費の高騰が続くなかでも値段を極力据え置き、奇をてらわず焼きたてのピザを地道に提供する──その方針が代々受け継がれ、地元に愛される店であり続けています。従業員は正社員数名とパート・アルバイト十数名。店舗の土地は前社長である父が個人で所有し、建物は会社が所有しています。

現社長(40代)は長男で、15年以上前に会社員を辞めて入社し、現場からの叩き上げで経験を積んできました。転機は、父(70代)が病気で約1か月入院したことでした。退院を機に、父は夏に社長の座を長男へ譲ります。株式も、毎年贈与税のかからない範囲で贈与を重ねてきた結果、現社長が6割超を保有するまで進んでいました。

社長交代は済んだ。しかし、それで終わりではありませんでした。そんななか、ちらしをきっかけに、自治体の事業承継訪問相談を利用することになります。

相談の経過:交代のあとに残っていた4つの宿題

初回の面談には、現社長・父・母の家族3人が揃いました。質問は大きく4つ。①毎年の贈与をこのまま続けてよいか、②社長交代後も登記が未了のままだが、前社長は取締役からも退任すべきか、③店舗の土地をどう扱えばよいか、④設備投資を考えているが自治体の助成金を活用できるか、です。

訪問相談の担当者は、①については、退職金の支給と設備投資が重なって株価が下がるタイミングを捉え、父の病気のことも勘案して、1〜2年のうちに贈与を完了させる方向を提案しました。②については、経営を譲るために交代したのなら取締役に残る必要性は薄いこと、ただし取締役会設置会社のため最低3名の取締役が必要になることを説明。店を手伝っている現社長の妻を取締役にしてはどうかと提案したところ、その場で家族全員が同意しました。③の土地については、現社長に2人の妹がいることから、土地が確実に現社長に引き継がれるよう、家族が揃うお盆の時期に話し合っておくよう助言しました。④は、老朽化した電気釜の放熱で職場環境が過酷になっており、新型の電気釜(200~300万円)への更新を検討中とのこと。助成金の対象になりそうだと伝え、次回に申請書類を見ながら支援することになりました。

約3週間後の2回目。役員の件は助言どおりに進んでいました。父は取締役からも退いて完全に肩の荷を下ろし、現社長の妻が新たに取締役に就任。登記手続きも進行中でした。一方、土地についての家族の話し合いはできていませんでした。担当者は選択肢を2つ比較して示します。(1)会社が時価で買い取る方法は、買取資金に加えて父に譲渡所得税の負担が生じ、現実的ではない。(2)相続まで待つ方法は、税負担を軽減できる特例の可能性があり資金負担が少ないが、遺言を書いてもらうか、遺産分割協議で妹2人に納得してもらう必要がある。現実的なのは(2)だが、遺言を父に書いてもらうのはハードルが高いため、第三者か母から伝えるのがよいと助言しました。助成金の申請書についても、数字の整合性を精査すること、株式構成や設立年月日は税務申告書や登記簿で正確に確認すること、人件費を無理に削る計画ではなく空いた時間で新商品開発をするような前向きな計画にすることなど、具体的な助言を行いました。

展開:年明けの3回目、テーマは「承継の手続き」から「経営そのもの」へ

年が明けた冬、3回目の面談が行われました。売上は年間1億円強で利益も確保し、緩やかな成長基調。助成金活用の条件として参加した自治体主催の後継者塾も受講を終え、「もっと学びたかった」と語るほど手応えを感じていました。

このころには、相談のテーマは変わっていました。最大の課題は人材の定着です。正社員は1名を除いて在籍1年未満で、社内に取りまとめ役が不在。労働契約書や有休などの制度も口約束に近く、文書化が未整備でした。設備面でも老朽機械の生産能力がネックとなり、夕方に品薄となる機会損失が発生していました。また、先代に対する2,000万円弱の短期借入金が残り、過去の資金の経緯に不透明さがあること、先代からの付き合いの高齢の税理士から十分な助言を得られていないことも、課題として浮かび上がりました。

事業承継士は、設備投資に向けて金融機関と早めに接点を持ち事業計画を共有すること、「拡大」だけが正解ではなく近隣客中心の安定維持も立派な戦略であり、それを3年程度の数字に落とし込むこと、株価評価と退職金支給のタイミングを承継設計と連動させ、税理士の見直しも含めて専門家ネットワークを再構築することを助言しました。現社長は、10年後に3人の子どもの承継意思を見極め、60歳ごろの代替わりを想定するという、次の代へのバトンまで視野に入れた将来像を語っています。

この事例からの教訓

1. 社長交代は承継のゴールではなくスタート この会社では、交代後も役員登記、株式の移転、土地の相続、労務の整備と、宿題が幾重にも残っていました。「交代した」ことに安心せず、残っている手続きと課題を棚卸しすることが大切です。

2. 株式移転は「株価が下がるタイミング」と設計をセットで 退職金の支給や設備投資は、株価が下がり株式を動かしやすくなる局面でもあります。毎年の贈与を漫然と続けるのではなく、こうしたタイミングと連動させて完了時期を設計することで、移転を大きく前に進められます。

3. 事業用不動産と相続は、家族全員の合意形成が要 土地が経営者個人の名義のままだと、相続人が複数いる場合に事業継続のリスクになり得ます。遺言を書いてもらうようなハードルの高い話こそ、第三者の専門家や身近な家族の力を借りて、早めに合意をつくることが有効です。

読者へのチェックポイント

  • 社長交代後の役員変更登記は完了していますか。
  • 株式は何割まで移転済みか、完了までの道筋を描けていますか。
  • 事業に使っている不動産の名義と、将来の相続の道筋を家族で話し合いましたか。
  • 退職金支給や設備投資など、株価が下がるタイミングを把握していますか。
  • 労働契約書や休暇制度など、労務の文書化は進んでいますか。
  • 自治体の助成金や後継者塾などの支援策を調べましたか。

代替わりの瞬間よりも、そのあとに続く整備こそが承継の本番です。家族の関係が良好なうちに、そして経営者が元気なうちに、残った宿題を一つずつ片づけていく。その伴走役として、自治体の訪問相談のような公的な支援窓口を活用してみてください。